1964東京オリンピックからTOKYO2020オリンピックへ

 

 コロナ禍で1年延期されたTOKYO2020オリンピックが、さまざまな批判がありながらも、コロナ感染者が急増する中で開催されました。競技そのものは、さまざまなアスリートの苦悩や感激を取り混ぜながら、年少の若者の活躍に新鮮さと希望に溢れる競技が展開されました。そうした状況を観戦しながら、1964年の東京オリンピックに競技役員として参加した経験が重なって感慨深いオリンピックでした。私が参加したのはその当時はヨット競技と呼ばれていましたが、レース海面での予行演習のため、あるいはレース本番のために江ノ島ヨットハーバーに、完成したばかりの東海道新幹線に乗って京都から通いました。ヨット競技と呼ばれていたものが、今回のオリンピックではセーリング競技となっていますが、半世紀余の時代の変化を痛感しています。この競技については、技術の進歩とスポーツの大衆化と民主化の流れを読み取ることができます。それが近年の世界の社会状況の変化を反映しているので、日本社会の教育界でのとるべき対応のヒントとして考えてみます。

 1964年のヨット競技とTOKYO2020のセーリング競技への変化を通して、半世紀余の社会の変遷の影響をみることができます。それぞれのオリンピックで実施された種目です。

1964年東京オリンピック

日本ヨット協会

TOKYO2020オリンピック

日本セーリング連盟

国際5.5メートル級(キール艇)

ドラゴン級(キール艇)

スター級(フィンキール艇)

FD級(センターボード艇)

フィン級(センターボード艇)

重量級男子フィン級(センターボード艇)

男子470級(センターボード艇)

女子470級(センターボード艇)

ナクラ17級(双胴艇)

男子レーザー級(センターボード艇)

女子レーザーラジアル級(センターボード艇)

女子RS:X級(ボード艇)

男子RS:X級(ボード艇)

男子49er級(水中翼センターボード艇)

(パリ大会新種目:カイトホイル水中翼ボード)

1964年の5種目からTOKYO2020の9種目に変化していますが、生き残っているのはフィン級のみです。この間の変化の大きなものとして艇体やセールの材料と、製造技術や選手の競技技術の進歩がありますが、それよりも注目されるのはセーリングを楽しむ社会階層の変化です。

1964年当時のヨットは富裕層のスポーツでした。国際5.5メートルは艇体長、水線長、セール面積を一定の計算式に代入した結果が5.5になり単位がメートルになるというもので、造船技術も競いました。わが国の参加艇は東京大学造船工学で実験用プールを使用して実験を繰り返して設計したものでした。オリンピックまではこの種目の艇は日本には存在していませんでした。したがって現在この艇を設計しようとすると数千万円の経費が掛かるでしょう。またドラゴン級もその当時は木造艇で美しい木目を活かしたニス塗の高級家具を思わせる豪華さがありました。スター級も木造艇でしたが、これはレースを意識した体力が求められる艇でした。FD級は当時進歩が著しかったグラスファイバーを樹脂で固形化したプラスティック製(FRP製)でしたが、当時、量産できるものではなく、一艇一艇を手作業で生産されたものでした。フィン級もプラスティック製ですが量産体制ができるようになったので生き残ったといえます。しかし、男子重量級のクラスであるため2024年パリ大会では消えていくことが予定されています。1964年東京オリンピックのときの種目がすべて地上から消えたのですなく、それぞれのクラスの国際大会は活発に行われていますが、オリンピック種目から消えたのです。

 

上流社会のスポーツから庶民や発展途上国の人々でも楽しめるスポーツへ

上流社会のスポーツから始まったセーリング競技が、50余年の年月を経てボードやカイト(凧)を活用したスポーツになりました。この種目は子ども用の用具も開発されていて、80歳代の世代でも楽しめると言われていますが、何よりも発展途上国にとっては刺激的なスポーツであるとともに観光資源として活用できるスポーツです。砂浜さえあればそこから発着できます。

オリンピックはフランスのピエール・ドゥ・クーベルタン男爵の言葉によって知られていますが、IOCの歴代9代の会長のうち男爵、侯爵、伯爵などの爵位をもつ人が5人であったとです。このように上流社会の人々によって導かれてきた組織ですが、社会の変化に伴って、今回のTOKYO 2020では男女同数とするために男女混合の種目が増えています。今回から新設された種目でスケートボードのストリート種目が注目されましたし、パリ大会ではストリートダンスのブレイクダンスが新種目として加わることが予定されています。これらはいずれも大都市の下町街で生まれた比較的貧しい人々が楽しんできたスポーツです。こうした傾向は、大都市での恵まれない人々の生活態度を広く認識し、子どもたちに夢を与えるというビジョンをもった方針であることがうかがえます。

わが国の教育制度は富裕層に有利な制度になっていますが、それを打破するためのイメージを形成するのにTOKYO2020は大きな貢献をしたと言えるでしょう。教育費負担の重圧に対してボード、カイト、ハイドロフォイル(水中翼)のような発想が生まれることが期待されます。